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「……どうしてだろ? えっと…… あれ?」
本当にどうしてだったんだろ?
確か、お礼を言って、チョコレートミルクティについて語ってたような気がするんだけど……
話してる途中で、彼がコソッと耳打ちしてきたんじゃなかったかな?
そう、確か『そんなの理由にしなくていいだろ?』とかなんとか……
それから、『気があるんだろ?』とか、後…… 『俺も木瀬さんのこと、気になってたんだ』って……
後はそう、メアドとか交換して……
あれ?
「今の話じゃ、キミはただ感謝の気持ちしか持ってなかったことになるけど……」
そう感謝の気持ち、で、お礼で、つき合う? 確かに何かヘンだ。
「違うの、私、本当にあの言葉に励まされて……
そう、アレを書いた人に会いたくて……」
「そんなの……
もしかしたら、それ書いたのキミのストーカーだたんじゃないか?
好きな飲み物も熟知した。キモいストーカー」
言葉がなかった。
そんな風に考えたことはなくて、何かが目の前で弾けた。
でも、違う、そうじゃない。
「違う!
私、今、いろいろ混乱してるけど、でも、これだけは言える。
そんな人じゃない!」
そう、そのメモからもらったのは温かな感情で、私のこと本気で想ってくれてるんじゃないかな? って……
あのメモをもらった時、萎れて空っぽになってた心の中に温かいものが満ちて、溢れた。
まだ、私は出来るって思えた。
踞った私をもう一度立ち上がらせてくれた人。
そう、このメモの人が私の好きな人。
「そうだよ。私の好きな人なんだ。私、アレを書いた人を好きになったの!」
ポンと頭の上に何かが乗った。見上げると、それは隣に座る人の手で、その人の表情は……
「……あなたなの?」
そんなはずない。
そう思った。だって、私この人のこと、知らない。
けど、そうだ。この人は私のこと知っていて、私のこと、好きって……
カッと全身が火照った。
私、この人に告白されてた。
今日、何度も好きって言ってもらえて……
彼のことも知ってるみたいで、じゃ、同じ会社の人?
ウソだそんなの!
でも、そうじゃないなら、この人は誰?
どうやって私の机の上にチョコレートミルクティ置いたの?
「……もう、日付変わってる。一度休んだ方がいい」
「……え?」
思わずキョロキョロと時計を探した。
隣の人が自分の腕時計を差し出してくれる。
確かに、0時を数分過ぎてる。
「風呂とか使いたかったら適当に使っていいから……」
「待って! 本当にどっか行くの?」
立ち上がった彼に縋り付いてた。
答えてはくれてないけど、彼なんだ。
私が恋した人は彼なんだ。
どうしよう…… 離れたくない。
「適当に時間潰してくるよ」
離れたくない!
ガシッというか、ムギュッというか、彼の足にしがみついた。
「ちょっ! え?」
バランスを崩し、前のめりに倒れ込むのを彼はかろうじて防いだ。
それでも体は低い位置にあって、私はチャンスとばかりに彼の腰にしがみついた。
両腕に力を込めて抱きついてた。
「ちょっと、待って! 何して……」
彼が私の腕を解こう足掻く。
「一緒に居たい!」
「だから! わかるだろ? 自分が今どういう状況なのか!
ヤラれても文句言えないんだって!」
「いいの! あなたがあの人なら、いいの!
私、あのメモの人に恋して、明日の朝、一緒に起きるつもりだったの!
夜の間に何があっても、朝、2人で幸せな気分でいたかったの!」
「俺がそいつだって保証ないだろ!
ヤリたくて嘘をつくかもしれないだろ?」
「あなただったらいい!」
ドンっ!!
最後の叫びが終わるか終わらないかのタイミングで壁を殴る音が聞こえた。
もしかしたら、壁が蹴られたのかもしれないけど、私たちの間は一瞬で静まった。
「……怒られちゃった…… のかな?」
「……だな…… ここ壁薄いから……」
気まずくて先に口を開いたのは私だった。
私、今、凄いことを口走った気がする。
「……まいったな……」
そして、凄く、迷惑をかけた気がする。
「……ごめんなさい……」
もう、泣きたい。
こんなつもりなかったのに……
私は明日を…… もう、今日だけど…… 幸せに迎えて、一日を過ごしたかっただけなのに……
しがみついたままの彼の体から離れた。
「何か、明日にこだわってる?」
彼が呟いた言葉に頷いた。
明日は私の誕生日。
つき合いはじめたばかりの彼氏には言ってなかった。
もちろん会社の人で知ってるのは、同期の数名ぐらいで……
「聞いていい?」
「……誕生日……」
優しい問いかけを拒む理由もない。
素直に答えてた。
「え?」
「明日っていうか、今日、誕生日なの」
やっぱり誕生日は特別で、だから彼との一夜も『決心』出来た。