12
理由がわからなかった。
どうして今彼女の口から別の男の名が出るんだ?
それにすぐに日が暮れる。
こんな時間から男の家に行くって……
手に入れたと思ったのは思い過ごしだったのか?
俺じゃダメなのか?
今日一日、楽しかったのは俺だけなのか?
夢中で彼女に覆い被さり、引きずるように茂みに連れ込んだ。
行けなくしてやる!
ここで、犯して、俺のものにして、他の男の元に行けないようにしてやる!
「あ、……やだ 待って、お願い、待って!」
待てない! もう待たない! 無理矢理でも!!
彼女の抵抗がとまった。
「やだ こんなところで、こんなの…… イヤ」
彼女は俺の下で顔を涙でグチャグチャにしてる。
シャツは捲れ上がって、胸は外気に曝されていた。
「俺……」
何やって……
こんなつもりじゃ……
謝らなければ、でも、こんなことして、赦されるわけがない。
彼女から体を離した。
立ち上がり、身なりを整える彼女に背を向けた。
ゆっくりはじめるつもりだった。
今更、何の言い訳にもならないけど……
「……ごめん、な、さい……」
そう言ったのは彼女だった。
なんの謝罪なんだろう?
「でも、やっぱり、あの……」
「……わかった……」
それ以外は言えない。
短かったな……
「なぁ、俺のこと、少しは好きだった?」
ほんの少しでも……
それならいいのに……
それなら彼女が受けた暴力の傷も浅くなるんじゃないか?
浅はかな考えだけど、そうあってくれたらいいのに……
「……え?」
「イヤ、忘れて……」
全部忘れて……
「シュウ?」
あぁ、良かったな。
名前言わなくて、会社で合っても気まずくならなくていい。
「私、ちゃんと言ってなかったんだよね。ごめんなさい!」
「サワ、謝ってばかりだな?」
今日一日でスルッと彼女の名を呼べるようになった。
まるで自分のもののように呼び捨てにしている。
「え? そう? そうかな……」
謝らなければいけないのは俺なのに謝る言葉さえない。
「……そうだよ……」
もう聞きたくない。
「あいつのとこ、行くんだよな?」
声は震えなかったか?
「……シュウ?」
なんだったんだろうな?
昨夜はあんなにチョコレートミルクティとかメモとか言ってたのにな?
サワがあんなこと言わなければ、こんなに近付くこともしなかったのに……
一度知って、元の位置に戻るのはキツいのにな……
「シュウ、好きだよ。
私が好きなのは、シュウだよ?」
え?
「私、あの…… 『次』が今日の夜だとは思わなくて……
その…… びっくりして…… 勝手に予定入れてごめんなさい」
ん?
『次』ってなんだ?
「イヤ、なんじゃなくて、ホントにびっくりして……
それにここ外だし…… あ、そりゃ、外でもする人いるのはわかってるけど、でも、まだ……
ハードルが高いっていうか、はじめは、こんなふうにじゃなくて……」
違和感があった。
明らかに俺が言ってることと、彼女が今言ってることには符合するところがない。ん、だよな?
チラッと彼女を盗み見ると、座り込んだまま下を向き、モジモジしている。
「ひ、人によって好みもあるし、私、シュウにならどこで何をされても、わりと平気そうなんだけど……
でも、やっぱり、部屋の方が……」
次、外、ハードル、部屋?
それって……
何されても、平気って……
振り返り、座り込んだままの彼女に顔をよせた。
「それって、Hのこと?」
ボッて音がしたのかと思った。
見える範囲の彼女の顔が赤い。それだけで、その答えが合ってるのはわかる。
彼女が首を振らなくてもわかったんだけど、サワの首は上下に何度も大きく振れていた。
「……馬鹿だろ?」
何を言っていいかわからない。
彼女の肩に顔を埋めると、俺と同じ匂いがした。
「ごめんなさい……」
また謝った。
チラッと彼女の顔を見ると、真っ赤な顔で目を閉じて、口は真一文字。
今にも泣きそう。
「馬鹿……」
「ごめ……」
最後までは言わせなかった。
彼女の唇を塞ぎ、ギュッと抱きしめた。
「……ごめん」
やっとその一言が出た。
「俺、今、サワをレイプするとこだった。ごめん!」
やっと言えた。
彼女を抱きしめる腕に力を込める。
「ごめん……」
取り返しのつかないことをするところだった。
「シュウ?」
「ありえないから! こんなところでなんて!」
ありえない。考えるだけで最悪。
サワにそんな男に見られるのも我慢出来ない。
「サワがしてって言っても、俺は無理!」
当たり前だ。
胸の中でサワが息を吐いた。強張っていた体から力が抜けて行くのがわかる。
安堵したんだ。
「……怖い思いさせて、ごめん」
彼女が俺の腕の中で、今度は横に首をふる。
彼女が赦しても、俺は赦せない。もう二度とこんなことはしない。
「話、ちゃんと聞くよ」
そうだ。サワが好きなのが俺なら、どうしてあいつに逢いに行く?
「……お別れ、してくる」
あぁ、そうか……
聞けばわかることだった。
「こんな時間に?」
「昼間は無理だって言われて……
でも、出来るだけ早く、ちゃんとした方がいいと思って……」
「どうしてそんなに?」
「それは…… あの……」
それは…… 彼女は何かを探すようにゆっくりと目線を動かした。
「シュウの彼女になりたいから……」
消え入るような声。真っ赤な顔。
「そうか、わかった」