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目の前の人が泣いてる。
それも大粒の涙で、拭うこともしないで、放心したように、ただ涙を流すだけの存在になったように……
*
彼女に気付いたのは随分前だった。
正直今日はばか騒ぎがしたかった。
友達と飲んで、路上で笑って、歌って……
何も考えたくない。
自分の不甲斐なさに、涙さえ出なかった。
その理由が彼女、木瀬 咲和子。
フラフラとどこからともなく彼女は歩いて来た。
普段持つには少し大きめのバックを重そうに抱えていた。
退社時に見た彼女の笑顔はない。
何かあったのは一目瞭然。
歩き疲れたのか、階段の端に腰を降ろした。
彼女を伺っていた。声をかけるかどうか、迷っていた。
迷っていたら、先に酔っぱらいに持ってかれそうになった。
冗談じゃなかった。これ以上出遅れるわけにもいかなかった。
酔っぱらいの手を払い、男と彼女の間に自分の体を突っ込んで彼女を庇った。
そこまでは良かった。と思う。
思うけど……
酔っぱらいと軽く言い合いになった時、背中に重みを感じた。
何故か彼女が凭れて来ていた。
酔っぱらいは、それを見て彼女と俺が知り合いなんだと思ったらしい。
で、簡単に退散してくれた。
それも良かった。正直彼女を全身に感じてしまって、俺自身固まってた。
殴り掛かられたりとか、そんなことになっても対処できなかった。
どうしたものかと声をかけると、彼女の腕が動いて、ガッシリとしがみつかれた。
これはどういう状況なんだ?
わけがわからない。
「ちょっと、マジ!」
わけがわからない。
「シュウ、またな〜」「上手くやれよ〜」
さっきまでつるんでいた友人達が大手をふって離れていく。
「焦りは禁物だぞ」とか身振り手振りで示すやつもいる。
これは正直美味しい状態だけど、どう考えてもヤバい。
理由は簡単、簡単なんだ。
「あの、木瀬さんですよね?
ホント、ちょっと、離してもらえますか?」
とんかくこの場を治めよう。
名を呼んだ途端彼女の腕から力が抜けた。
良かった。これで正面から彼女と向き合える。
けど、この場合、何を話せばいいんだ?
「平気? 俺のこと、わかります?」
とにかく、話かけてみた。
「えっと、かなり、飲んでるみたいですよね?」
顔が赤い、目の焦点もおかしい、明らかな酔っぱらいだ。
何か、彼女の様子にイラッときた。
「今日は、デートだったんじゃないの?」
その言葉を口に出すべきじゃなかった。
当たり前だ。今彼女はここにいるのに…… 俺の傍にいるのに……
笑っていて欲しい人が泣いている。
「ごめん…… あの、家まで送って行く。
今日はゆっくり休んだ方がいいよ……」
とにかく彼女をこのままには出来ない。
彼女の背に触れる。歩き出せるように少し力をこめた。
「……ない」
「…え?」
小さな声。
「帰りたくない」
今度ははっきり聞こえた。
「イヤ、帰りたくない」
ええっと、それは……
お持ち帰りしていいってこと…… じゃ、ないよな……
そんなことは出来ないし、したくもない。
「何かあった?」
彼氏と喧嘩…… で、他の男ととかダメだろ?
その場合、俺が惨めだ。
一先ず、ここは目立つから少し移動し、目に入ったベンチに腰を降ろす。
しばらく話聞いて、落ち着くまで待つしかないだろ?
慰めて、もしかしたら、仲裁して…… 気は進まないけど、そうするしかないだろ?
考えながら彼女の隣に腰を落とした。
そう、普通に座った。
コトン。
って、え?
これ、今日何度目だ? こんな美味しいことが続くものなのか?
彼女が俺にもたれかかってきた。
ギョッとして彼女を見ると、俺の位置からは彼女の胸元がバッチリ見える。
かなりボリュームがある。谷間もしっかりある。
抱きつかれたときもそこはしっかり背中にあたっていて、大きさや柔らかさが伝わってきて……
ゴクンと喉がなった。
「今日、泊まるつもりだった」
ポツンと彼女が呟かなければ、ヤバかった。
「彼の部屋に泊まるつもりで家に行ったの……」
それってつまり……
「急に行って、驚かそうって……
おつきあいはじめて、はじめてだったけど、覚悟決めて、彼の家に行った」
ポツポツと彼女が語る。
静かだった。
「会社終わって、急いで家に帰って……
ミュにエサをあげて、『いい子でお留守番してるんだよ?』 って言って、
喜んでくれたらいいな? って……」
彼女の言葉が止まった。
彼女の指が自分の胸元をなぞる。
下着が見えるんじゃないかって心配してしまう。
「……ねぇ、私って、胸大きいんだよ? 触ってみる? じゃない、触って!」
急にガバッと顔を上げたとかと思うと、俺の手を掴んだ。
「何!」
そのまま自分の胸に押し付ける。
手に余る大きさ、それに柔らかい。
「胸、大きい? 柔らかい? ちゃんと、触って!」
グイグイと胸に押し付けられて、俺の手で彼女の胸の形がかわる。
「何、馬鹿なこと!」
彼女を振り払おうとした。
俺はそこから手を退けようとしたんだ。
けど、彼女は必死で俺の手にしがみついていた。
「どうして?」
そんなつもりはない。けど、こんなのどうしようもない。
手に力が入る。押しつけられたのは、触れたかった彼女の一部。
その膨らみの形を確認するように揉みあげていた。