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あの人、歌うまいな〜


ぼやけた視界の中に歌を歌っている人が見えてた。
他に見るものもなくて、声に惹かれて顔を上げた。


行き交う人の向こう側、男の人が、2人? 3人?
街灯の下、ガードレールに寄りかかってる。
グループなのかな?
歌ってる人がいる。談笑してる人もいる。


楽しそうで、そこだけ明るくて……
なんか、いいな〜


「ねぇ? どうしたの?」


うーーーん?
何か聞こえた?


「ひとり?」


何? ウルサいよ。歌、聞こえないじゃない。
聞こえない?
そうだ。もっと近くに行けばいいんだ。その方がずっと聞こえるはず……


「ちょっと、なんだよ! ムシかよ!」


座っていた場所から立ち上がって、一歩歩いたところで腕を掴まれた。


「っ!」


力任せに引っ張られてバランスを崩し、ドスンと尻餅をついた。
アスファルトがしっとりと濡れている。


「ああ〜 平気? ホラ、黙って行こうとするから……
足、挫いたんじゃない? 服も汚れちゃってるし……
ちょっと休憩して行こうよ」


覗き込んで来た顔が赤い。
何これ? 誰これ?


「ひとりで、寂しいんでしょ?」


ヤケに優しい口調で語りかけられた。


寂しい? 私は寂しいのかな?
そうなのかな?
ジワッと胸の奥に何かが広がった。


「ホラ! 行こう」


行く? どこへかな?
行けば、寂しくない?
腕を強く引っ張られて、痛い。
傍で聞きたいって思った歌も、もう聞こえない。
そうか、ここにいてもどうにもならないんだ。
私は寂しくて、惨めで、そうだ、惨めで……
もう、どうでもいいや……
このまま何も見たくない。何も聞きたくない。
全て壊れてしまったらいいや。


「何してるんだ!」


「って!」


何が?
って思う間もなく、さっきまで優しく話し掛けてくれてた人が、何か理解出来ないことを叫んでる。
もう一つの声がそれに応えてるみたい。
この声、聞いたことある。
顔を上げると、男の人の背中が目の前にあった。
背が高いのかな? わからないや……
顔も見えないな? でも、この声聞いたことある。
いい声だな〜 すごく、いい声なんじゃないかな?
よくわからない…… けど、いいや……


「……え?」


「なんだよ! 連れかよ!
紛らわしいことすんなよな!!」


足音が遠ざかって行く。
足音とは違う音が耳のすぐ傍でしてる。
これ、すごく落ち着く音だ。
あったかいし、ずっと聞いてたい。


「……あの?」


ずっと、聞いてたい……
自然と手が動いてた。ギュッと力を込めてた。
あ、この匂いもいい。顔をそこに押し付けてお胸いっぱいに吸い込んだ。
自分が何をしてるのかなんてよくわからなくて、それは人間としてどうなの?
とか何も考えられなくて……


「あの!!」


大きな声が聞こえたけど、かまわないや。
何も怖くない。


「ちょっと、マジ!」


「シュウ、またな〜」「上手くやれよ〜」


とか、囃し立てる声がしてる気がするけどかまわない。
ここがいいや。こうしてたい……
なんだろう…… どうしてだろう…… すごくイイ。


「あの、木瀬さんですよね?
ホント、ちょっと、離してもらえますか?」


あれ?
今、名前を呼ばれた気がする。
そんなわけないよね?
でも……
一気に現実に引き戻されてた。
そう、私、お酒飲んでて、ひとりで、飲んでて……


自然と腕の力が抜けた。


私、何してた?
今、私、何してた?


「平気? 俺のこと、わかります?」


え? 何?
えっと……
目の前にいた人がゆっくりと体の向きをかえる。
わかる? え? 誰?


ブンブンと力いっぱい頭をふった。
わからない! わからないけど、この人、私のこと知ってるの?
その人は今まで向こうで歌っていた人で、もっと声聞きたいって思った人で……
でもそれ以外?
わからない。けど、私のことは知ってる?
覗き込んで来た顔、私の知ってる人なの?


「えっと、かなり、飲んでるみたいですよね?」


飲んでます! それは飲んでるけど、認めるけど、誰?


「今日は、デートだったんじゃないの?」


なんだろう…… 一瞬曇った顔。
じゃなくて、デートって、そんなことまで知ってるの?
デートって……
何かが外れた。


「ちょっと! え? 何?」


違う。
何か、私の中でハマった。




はじめてしまいました。よろしくお願いします。

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