14
「5分、経ってた?」
「……経ってなかった」
山根の家から近くに泊めていた車に乗った。
痛いところをつく。
5分、自分で決めた時間だ。
それが待ち切れなかった。
後、玄関の扉の外は思ったより声が漏れてて、全て聞こえてしまっていた。
聞かないで5分待ってるつもりだったのに、はじめはそのつもりで彼女を送り出した。
「なさけないな……」
本当はもう少し長い時間彼女にあげたかった。
でも、我慢出来るはずもない。
情けない。
「……もしかして、聞こえてた?」
その問いには、肯定するしかない。
「全部?」
それも肯定するしかない。
聞こえていた。全部……
「……私、帰るね」
「……そうだな?」
……うん、その方がいい。
「送って行くよ……」
俺たちは一度頭を冷やした方がいい。
「……ありがとう」
サワは顔を伏せている。
俺からは彼女の表情を見ることが出来ない。
小さいな、すごく小さい人。もともと小柄だけど、項垂れてしまうともっとずっと小さく見える。
けど、大きい。彼女の存在が俺の中で占める割合は計り知れない。
「最後までしなくて、よかった……」
思わず呟いたのは、心からの言葉だった。
流れで終わらせなくてよかった。俺にはその意味だった。
彼女からの返事はない。
「あの、もう、ここでいいです」
ここ?
「家、近く?」
コクリとサワの首が縦に揺れる。
「どうせだし、家まで送るよ……」
住宅街の道の真ん中で、街灯が点々とあるが、暗く、安全な道とは言えない。
こんなところで彼女を車から降ろすのは不安が残る。
「近いから…… じゃ……」
ここで降りる理由があるのか?
それに違和感がある。俺たちまたすれ違ってるんじゃないのか?
今日、このまま別れるのはマズいんじゃないか?
「ちょっと待って、携帯の番号、教えてくれないか?」
車を降りようとした彼女を引き止める。
「え? あぁ……」
やっぱりヘンだ。何かがズレてる。
「サワ? 大丈夫か?」
「……何が?」
彼女が携帯を弄っている。
顔はあげない。
やっぱり、何かがズレてる。
「……キスしていい?」
このまま何もなく別れられない。
サワはビクッと体を強張らせた。
「サワ?」
あいつの部屋を出てからはじめて彼女の顔を見た。
今にも泣きそうな顔。
どうして?
「どうして、そんな顔……」
彼女の髪を掻き揚げた。
「……やっぱり、重いよね?」
「何が……」
「だから、あの…… しなくて、よかったって思ったでしょ?」
思った。思ったけど、それは……
「重いでしょ? やっぱり……
あんなこと考えてる女、重いでしょ?」
『あんなこと』それがどのことを指すのか一瞬わからなかった。
「シュウには聞かれたくなくて……
聞いちゃうと重いって退かれちゃうのに……」
それはあれか? って話の内容を思い出した。
あれだよな? SEXはって話なんだよな?
たしかにやっぱりだ。
「馬鹿だな?
じゃ、サワは俺と結婚出来る?
今この場で、プロポーズしたとして、OK出来るか?
俺はサワのこと見てた。頑張ってるとこも、何に笑うかも知ってる。
見てるだけで、幸せになれる。
俺だったら、サワにこの場でプロポーズ出来る」
彼女が目を見開いて俺を見てる。
わかってるよ。俺だって、こんなこと言うつもりなんてまだなかった。
「重いのは、俺の方。
しなくてよかったって言ったのは、俺のこと知ったサワが俺に幻滅するかもしれない。
そうなった時、サワの夢を壊すことになる。そう思っただけだ。
もっとお互いを知ることからはじめるべきだ」
彼女が両手で口元を押えた。
「……私……」
目には涙が浮かんでいる。
一筋頬をつたった。
「あ、私……」
「キスしていいかな?」
彼女が頷いた。
口元を覆っていた両手をとり、そのまま指を絡めて握る。
軽く、重ねるだけのキスをした。
その後、彼女のアパートの玄関まで彼女を送った。
「私、まず、シュウの名前から知らないとダメなのよね?」
彼女は別れ際そう言った。
そうだ、俺たちはそこからはじめなければならないんだ。