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「どうかした?」
シュウが覗き込んで来た。
今日一日、すごく楽しかった。
遅めのモーニングからはじまって、映画を見た。
話題のラブストーリ物。最後に涙ぐんでしまったら、横で鼻を啜ってる人がいた。
あんな恋愛いいな〜 って思ったら、シュウがヒーローの台詞を真似て……
笑いながら歩いた。
次に行ったのはショッピングモール。
休憩とか言いながら彼の目的は別にあった。
「誕生日プレゼントって名のマーキング」って言いながら細身のリングをくれた。
それは自分で選んだもの。シュウにもらうなら、リングがいいって思った。
彼は逆に心配して、「重くないか?」って言った。
重くなんてない…… きっと、私の方が彼よりもっと重い。
嬉しくて、その場でリングをはめる私の方がもっと重い。
疲れない、楽しい……
シュウのさり気ない優しさとか、ちょっとした共通点が嬉しかった。
もっと一緒にいたくて、もっと彼のこと知りたくて……
だから時間のこと、すっかり忘れてた。
「もう、こんな時間だ」
公園のベンチに2人座っていた。私たちの間には無料のタウン情報誌がある。
ショッピングモールの案内のところから拝借して来たものだ。
どこか行きたいところはないか、2人で話していた。
彼の呟きに時計を見ると5時を過ぎたところだった。
辺りも随分暗くなってる。
「そろそろ、夕飯考えないと……」
彼がスマホを取り出す。
たぶん、それは、ディナーの店を探そうとしてくれてるんだ。
「えっと、何か食べたいものある?」
もう、行かなくちゃ……
山根との約束があった。
でも、もう少し一緒にいたい……
いたいけど、これからも、胸を張って彼の傍にいるためには、どうしても必要なことなんだ。
「……ごめん……
あの、夜は、約束があって……」
そう言うのが精一杯。
「え? あ、……そうか……」
明らかに彼の落胆が伝わってきた。
「ごめんなさい……」
「や、仕方ないよ。約束なんだろ?
じゃ、昼とかにいいもん食べればよかったな……
ケーキとかも……
……また、次があるし、その時にするか」
シュウが私の頭にポンと手を置いた。
このまま今日が終わるのかな?
このままシュウと別れて、あの人のところに行って今日が終わるのかな?
『行きたくない』
次がある。の、次っていつ? この2日間のことにどこか現実味がない。
本当に彼は私の知ってる人? 同じ会社の人?
本当にまた逢えるの? 次があるの?
「行きたくない」
口に出して言っていた。
「何、言ってんの?
約束してたんだろ? 守らないと……」
してる。約束は…… 一方的だったけど、成立はしてる。
けど……
「誕生日だし、パーティーとかかな?」
彼がどこか楽しそうだ。
そんなんじゃない。別れ話をしに行くんだから……
「親とかとの約束?」
首を横に振った。
親とは数日前に電話で話した。
『おめでとう』と『仕事の話』と『そろそろいい人いないのか?』の話をした。
「じゃ、友達?
最近、よく聞くもんな? 女子会とか…… 見てて楽しそうだよな?」
また首を振った。
確かに『彼氏』がいなければそうなっていたかもしれない。
でも、友達から連絡のあった時、私は山根さんと過ごすつもりで……
疑いもしなかった。
「……どうかした?」
疑いもしなかった。
勝手な思い上がりだ。恋人の誕生日は恋人と過ごすものなんて……
何も疑わず、訪ねていけば受け入れてもらえるって思ってた。
シュウが覗き込んできた。
胸の奥が痛い。
ギュッと目を閉じると涙が一粒こぼれた。
「サワ?」
「……行きたくない」
「……どこに?」
胸が痛い。
今から別れ話をしに行かないとダメなんだ。
あの人よりずっと大事だと思える人がいる。けど……
「誰と約束してるんだ?」
キュンと胸が鳴った。
心配してくれてるのがわかる。
大丈夫。大丈夫なんだ。ただはっきりとさせるだけのことだから……
「山根さん…… ちゃんとお別れしようと思って……」
「……」
彼の目が見開かれた。
「はぁ? ちょっと待って……
山根って、あの? どうして? いつそんなことになった!」
え?
「待てよ。今日、約束してたのか?」
え?
「ち、違う! 約束は今朝電話があって……
シュウがシャワー浴びてる時に…… それで、あの……」
ガンと音がした。
シュウが苛立ちに任せて、横にあったゴミ箱を蹴ったんだ。
「……シュウ?」
知らない、こんな人……
頭をガリガリ掻いて、ラフに結わえていた髪がほどけた。
「何、馬鹿なこと……
もうすぐ暗くなる! 今から、誰と、どこで、何をするつもりだ!」
わからない。これはさっきまでの彼?
「どうなんだ!」
ビクッとした。
何か答えないと……
ちゃんと答えないと!
「や、山根さんと、彼の家で、わ……」
グイッと彼に引き寄せられて、無理矢理唇を奪われた。
それ以上、何も話すことが出来ない程激しいキス。
息も出来ないぐらい激しいキスに襲われた。