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「……ねぇ、私って、胸大きいんだよね? 触ってみる? じゃない、触って!」
そんなこと言ったのはもちろんはじめて。
そんな行動だって、もちろんはじめて。
必死で、その男の人を手を抱えた。
その人の手が動いた時、この人がいいって思った。
しがみついてた。それがゆっくり胸をなぞる。
深く息が抜けて行く感覚。ピクッとした。
今夜、この人に…… この人にしてもらおう。
優しい、この人ならいいや。
私の手をとった彼が無言で歩いて行く。
お願いだから何も言わず、このままどこかに連れて行って……
思い出したくない、あの光景を私の記憶から消して……
どうか……
「……俺ん家行くけどいい?」
どれぐらい歩いたんだろう……
彼がそう言った。
黙って頷く。彼にはそれが伝わっている。そうわかる。
「行く前に、言っておきたいことがある」
彼の声がまたした。
優しい音だなって思う。彼の声も、覗き込まれたときの瞳も、すごく優しい。
ちゃんと私に向ってくれてるんだって、そんなふうに思ってしまう。
ずっと前から知ってるみたいで、落ち着く。
わからなくても、この人がいいな。
「俺は、本気だから……
今夜のこと、キミの酔いが冷めたって、なかったことにはしない」
それって、遊びじゃないって言ってくれてるんだよね?
それは女にとって嬉しいことなんだよね? よかった。そう言ってもらえて……
だって、……
「木瀬 咲和子さん。
俺は、ずっと、あなたのことが好きでした」
……え?
「ずっと、木瀬さんのこと好きだった。
こんな形で伝えたくはないけど、はじめに俺の気持ちは知っててほしい」
え?
「イヤだって言っても、もう遅いからね?」
そうだ。この人って、私のこと知ってる?
「あ、あの…… あなたって……」
声が震えた。
それって、それって、やっぱり、マズいんじゃないの?
いけないことなんじゃないの?
「……着いたよ……」
目の前の2階建てのアパート。
彼はまた黙ったまま階段を昇って行く。
私は何も考えられなくて、ただ引っ張られるまま、その人について歩くしかなかった。
「っん!! っふっ!」
彼が鍵を開けて、ドアの中に押し込まれた。
ドアが閉まるギリギリ、強い力で引き寄せられて、彼の唇が私の唇に重なる。
彼の舌が私のそれに絡み付いた。
「ふぁ…… っん、ん」
ドンと背が壁にあたった。
彼が私を覆うように壁に腕をついていた。
唇以外はまだ私に触れていない。
だからかな? もどかしい。もどかしい?
夢中で、彼に手を伸ばし、ギュッと首にしがみついた。
彼の手が私の腰に回る。
もう何も考えない。考える必要ない。ギュッと目を閉じた。
「……なに、やってんだ。俺……
木瀬さんも、何、してるの?」
え?
「だめでしょ? こんなの……」
え?
「俺、やっぱりこのまま最後まで行くと後悔する」
「……どうして?」
彼が、私から離れていた。
どうして? 私何かした? 何か、間違った?
「こんなところまで連れて来たのに…… ごめん」
どうして……
「あの、私何か違う? おかしな事した?
私、あの……」
どうしたらいい? どうすればよかった?
「無理矢理することじゃないよ」
「……どういうこと?」
目の前の人が、『しかたないな……』 って顔をした。
「今、早く終わればいいって思ってなかった?
必死で目を閉じて、何も見ないようにしよって、思ってなかった?」
え?
「それじゃ、できないよ。
これは堪えることでも、頑張ることでもないから」
心臓がキュッとなった。
「せっかく来たし、何か飲む?
って、言っても、アルコール以外な? 水かお茶しかないか…… どっちがいい?」
「……お水……」
了解と言って彼が笑った。そのまま冷蔵庫まで歩いて行く。
長い前髪をハーフアップにしている。
身長は、彼氏より少し高いかもしれない。
「今夜はここにいるといいよ。俺は頃合いで出るから……」
彼は私に水を渡しながらそう言った。
出るって、どこかに行くってこと?
「……あの、私……」
そんなの、申し訳ない。
「言っただろ? 俺は木瀬さんのことが好きなんだ。
正直、今の寸止めもキツい。次、もし、ムラムラくると止められる自信はないよ」
そんなこと言いながら、顔は笑顔で……
この人、やっぱり優しい……
止まっていた涙がまた頬をつたう。
「え? あ、ごめん。えっと…… なんで?」
「だって、優し過ぎる……」
「そりゃ、だって、好きだから!
好きな子には優しくなるのは当たり前で!!
……なんか、俺、さっきから連発してない? 今まで全然言えなかったのに……」
顔が真っ赤だ。
そんなことが嬉しいなんて……
この人が誰でもいいや。絶対悪い人じゃない。それは確かだから……
「あの…… 横に座っていい?」