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「木瀬さんもシャワー浴びるよね?
悪いんだけど、俺の方先でいいかな?」
彼はそう言って私にシーツをかぶせて浴室に入って行った。
一人になって、今起きたことを思い返す。
どういうことだったんだろう?
私たちって、最終的にまだ結ばれてはないんだよね?
チクンと胸に何かが刺さった。
やっぱりそれって私が中途半端だからなんだろう……
それしか考えられない。
♪♪♪
小さな音が鳴っていた。
傍にあった私の鞄からだ。
何気なく音の源、携帯を取り出した。
『山根 誠』
それは『彼氏』の名前だった。
今この場で…… 躊躇いはある。けど、丁度いい。
一つ大きく息を吸い、吐いた。
「……はい」
『あ、サワコちゃん?』
電話の声はいつもの調子で話はじめた。
何も変わらない。
今の自分の状況がなければ昨日のことは夢だったんじゃないかって錯覚するほど、いつもと同じ。
『今、何してる?』
どこまでも軽く明るい。
昨日の人とはもう一緒じゃないの?
そう聞きたくなる。
『……どうかした?』
返事が出来ないでいると、少し声のトーンを落として心配してるフリ?
どこまで信じていいのかわからない。
「ううん、別に……」
『そう! 良かった! あ、もしかして、寝起きだったかな?
ごめんね。ゆっくりしてるの邪魔しちゃって!』
フト心に冷たい風が吹く。
この人ってこんな人だったんだ……
「……あの、山根さん、私……」
どう切り出せばいいだろう?
電話で話をしてもいいことなんだろうか?
自分がその立場なら正面から受け止めたいと思う。
だから、会って、顔を見て話したいって思う。
でも、この人の頭にはどんな私がいるんだろう?
「話、話があって……」
『じゃ、ウチ来る?
ちょうどいいよ。今夜ウチにおいで……』
「そ、それは、あの……」
どうしよう……
『どうしたの?』
部屋はマズくないかな?
それも夜って……
今日って、誕生日だし、デートだし……
でも、優先って考えればコッチ先に済まさないと……
「あの、夜は……
もう少し早い時間になりませんか?」
やっぱり、コッチを優先。
『……うーーん。困ったな?
昼間は用事があるんだよね?
それに今夜は一緒に飲もうって思って、ワイン用意してたんだ。
夜にしてよ』
それはどう考えてもマズい気がする。
別れ話したい人の部屋でお酒飲むのはマズい気がする!
「ごめんなさい! それは無理……」
『あのさ……
話って、どんな話? 電話では言い難いような話なのかな?』
言い難いよね?
とくに、今、私こんなだし……
『あまりいい話じゃないってこと?』
うん。そうね。そうなるんだろうね?
終わらせるってことはそうなんだろうね?
『だったら、絶対、会って話さないとダメじゃないかな?』
ううぅーーー そうだろうね……
そこは正しいんだと思うけど……
『今夜、待ってるから!』
電話が切れた。
何も言えなかったし、どうにも出来なかった。
はじめるのはあんなに簡単なのに、終わるのはこんなにも難しい。
気が付けば、正座して、頭からシーツを被って電話してた。
緊張が半端なくて、手にじっとり汗をかいてて……
シャワー、借りよう。それから、どこかに連れてってもらって……
あれ、そういえば、私まだあの人の名前知らないや。
知ってるのかも知れないけど、今、彼を呼ぶ名が思いつかない。
たしか、昨日、友達には何か呼ばれていた気はするんだけど、なんて呼ばれていたかな?
わからないや。