15
『夢』じゃない。
それは確かなんだけど、夢を見ていたような気もする。
でも私の指には小さな誕生石の入った細身のリングと胸には彼の印があった。
日曜は一日まどろみの中にいた。
ニャ〜と甘い声で鳴いて体をすり寄せてくるミューののど元を撫でると、ゴロゴロと音がした。
偶然の出会いから、昨日一日起きたことを思い出す。
好きなんだって思うけど、確かに実感があまりない。
昨日はあんなに求めたのに、今の私はすごく静かで、満たされていた。
これからどうなっていくんだろう……
今、胸にあるこの気持ちを育てていくことが出来るんだろうか?
好きだってこの気持ちを育てていくことが出来るんだろうか?
育てることが出来たら……
チリンと鈴を鳴らし、ミューがソファーの上から飛び降りて行った。
気まぐれな子だな?
今夜、眠って、朝、目覚めたら、彼を探しに行こう。
*
「おはよう!」
トンと肩を叩かれて振り向いた。
いつもの時間。いつもと同じように出社した。
「……おはようございます」
いつも元気な同じ部署の先輩、南 一葉がそこにいた。
「ふぅーーーん…… 上手く行ったんだ。デート」
南さんが口元を綻ばせて、小声で言った。
ヤバいな〜 南さんは山根さんとは同期ってこともあっていろいろ相談に乗ってもらっていた。
金曜の夜、泊まることも話していた。
「南さん、あの……」
どう話したらいいのかな?
「いい顔してるよ〜 ちょっと、羨ましいな〜 私も彼氏ほしいぃ」
うわ。これ以上騒がれる前になんとかしないと!
「南さん、ちょっといいですか!」
先輩の腕をとり、グイッと引っ張った。
「痛いって〜 もう、なに?」
南さんを連れて来たのは資料室が並ぶフロア。
まだ始業時間前だから誰も来ないだろう場所。
ここなら話出来るはず。
「えっと、ですね。実は。山根さんと別れました!」
報告です。報告!
言い繕っても結局そこに行き着くしかない。
いろいろ説明している暇もないんだし……
「え? えぇ! どういうこと?
でも、ウソ、別れたわりに幸せそうな顔してるし……」
「あの、でも、ですね。好きな人が出来ました」
「はぁ?!」
声が大きいです。先輩!
「え? 誰、どういうこと? ちゃんと説明しなさい!」
説明、するべきだと思います。思いますが、もうすぐ始業時間です!
今日は月曜で朝礼もあります。
今は説明無理です!!
「こんなの、気になって仕事にならないじゃない!
どおしてくれるのよ!」
怒らないで下さい〜〜
カタン。
奥の方から音がした。
南さんも私もビクッてなって、固まった。音は私の背後から……
そう、私は入り口の方に向いてる。ってことはこの部屋にはずっと誰かがここにいたってこと?
ウソ……
「あら、宮島くんじゃない?
こんな朝早くから資料室来てるの?
っていうか、あなた、何時から出社してるの?」
南さんの知り合い?
『宮島』って聞いたことがあるけど、どんな人だったかな?
思い出せない。
南さんの問いに応えはない。
「宮島くんなら大丈夫だと思うけど、今聞いた話……」
南さんが私を庇うように立ってる。足音が近付いて来る。
固まったままの私の横を通り抜けて、戸口で止まった。
その人の左手が挙がった。
まるで『了解』って言ったように……
「まぁ、あいつなら大丈夫よ。人の噂話とか絶対しない! 信用出来るよ。
もともとあんまり、しゃべらないしね!」
南さんが何故か断言する。
「それより、どうしたの? 顔、赤いよ?
さっきは青い顔してたのに…… 大丈夫? 熱とかない?」
本当だ。どうしたんだろ?
胸がギュッとなって、顔が熱い。