This is love 〜*

20


「どうしてこんなところにいるんだよ…」


玄関のドアの内側で、そこではじめてのキスをした時のように密着して立っていた。
滉平さんの手は片方で私の手首を掴んだまま、もう片方は私の顔の横。
私を彼の体全部で玄関のドアの内側に押し付けるようにして立っていた。


「ごめんなさい。また、迷惑かけて…」


涙が後から後から溢れて来て止まらない。


「私、謝りに来て… 許してもらおうなんて思ってないんですけど、ただ、謝りたくて…
それだけだったのに…」


きっとあの女の人、ヘンに思ったよ。


「あの… とにかく、泣き止んでもらえるかな?
俺、どうしていいかわからないんだ… どうしたら、その涙止めれるかわからない」


目の前いっぱいに彼の胸が見える。
前に彼が『印付けて』って言った場所。全然上手く付ける事が出来なくて…
かわりに私の体中に彼の印が付いた。
もう消えてしまって残ってないけど、彼が私の事を『俺のだ』って言った証拠の痕。


「ごめんなさい。気にしないで…
あの、今の人に連絡…… 私、何も関係ないって… もう一度、ちゃんと説明…」


もう私のじゃない。もしかしたら本当に、一瞬も私のだったことは無かったのかもしれない。
息苦しくて目を閉じた。
だって、他の女の人がここにいたんだから… この部屋で彼といた。
ずっと前から会ってたのも私は知ってたんだから… 彼と私は本当に体だけの関係。
わかっていたけど、彼は私を『本気で好きだ』と言ってくれた。その言葉に縋り付きたかった。


「もしかして、さっきの人が志穂と俺のこと勘違いすると思ってる? だったら、それは心配ない。
…説明は必要ないよ… 今、たぶん、むちゃくちゃ嬉しそうにいろいろ電話してるんじゃないかな?」

「そんな!」


そんな勝手な事になってしまったら、また迷惑かけることになる。
どうにかして誤解を解かないと!
慌てて起こした顔のすぐ上に彼の顔があった。


「いいって! それより… 志穂が大事。なんで、泣いてるのか…
…期待が先走りそうなんだ… また、俺、志穂を抱いちまいそうだ…
だから、そうじゃないって、説明して欲しい」


また、信じられない言葉? それじゃ、まるで…
息がかかりそうな距離に彼の顔がある。
ほんの少し背伸びすれば、彼の唇に届いちゃう。届いちゃうのに…


「…志穂?」


ぼんやりと彼の顔を眺めていた。


「志穂?」


彼の声だけが響く。首に彼の息がかかる気配。


「志穂!」


ガンッと耳の横で大きな音が鳴った。ギクッと体が竦む。
ずっと掴まれたままの手首は痛くて、けどその痛みは全て彼の苛立ちだった。


「何か、何か言って! じゃないと… 俺、酷い事するよ」




* * *


志穂が…


> あの雨の日、俺なりの別れを告げた。
この気持ちが消えてしまうまで、もうきっと会う事はない。そう思っていた。
なのに今、目の前に彼女がいて、泣いている。
なんだこれ? これ、俺にどうしろって言ってるんだ?
恋人同士なら涙を止める方法はある。友人でもその人との距離によって対応は出来る。
けど彼女と俺の場合、どうなるんだ?
まだ俺の中では気持ちは消えてない。彼女には恋人がいる。
この場合、どうすればいい?
抱きしめて、体中で彼女の涙のわけを消してしまいたい。
涙なんて必要ない事を教えてやりたい。
でもそんなこと出来るわけない!


「…志穂?」


行き場のない気持ちが彼女の名を呼んだ。


「志穂?」


呼んでいるのに、彼女は応えてくれなくて、涙も止まる様子もない。
自分の無力さにあの男の顔が浮かんだ。
あいつだったら、抱きしめてやるんだろうな?
俺よりきっと彼女を知ってる。俺よりきっと彼女の全てを知ってる。
志穂は俺のものじゃない。


「志穂!」


知っていたはずのその事実を改めて感じて、
ただ柔らかな彼女の全てが、『俺のもの』だと思っていたものが全て、俺のものじゃなかった。
その事実が…
ガンッと彼女を押し付けていた玄関のドアを打っていた。
どうしようもない苛立ち。止まらない涙。止める資格のない自分。


「何か、何か言って! じゃないと… 俺、酷い事するよ」


求めて、夢にまで見た彼女が目の前に、俺の腕の中にいた。
体中に彼女の体温を感じた。
全身が疼いて、今日、今、彼女がここにいる理由も、涙のわけも、もうどうでもいい…
俺に話せないなら、もう、どうでもいい… ここまで来たのは彼女の意志だ。
イヤだったら部屋に連れ込まれる時叫べばよかったんだ。彼女はそうしなかった。
どうしても、彼女が欲しい。
俺の中を暗い闇が支配していた。




* * *


息が止まる。
滉平さんが酷く辛そうな顔をしていて… 


「…志穂?」


滉平さんの指が私の髪に埋もれて、髪の中で優しく動く指が心と体に火を灯す。
彼の顔が静かに近付いて来た。
でもその顔はいつもの優しい彼のものではない。酷く辛そうに歪んでいた。
『辛い』んだね。滉平さんは… でも私は…
もうこれで本当に最後にする。最後… 最後のお願い… もう一度だけ、私に滉平さんを下さい。


「滉平さん… あ、あの… 私を… 抱いて……」





エラいところで終わっていますが……

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