This is love 〜*

19


「久しぶりだね?」

「うん。久しぶり…」


懐かしい笑顔に自然と笑みが零れた。
いつもの席に腰を降ろすと、すぐに香りのいいコーヒーがコトンと置かれる。


「で、結局どうするんだ?」

「うん。佐々木さんには振られた」

「そうか、まぁ、そうだろうね」


いつもの静かな笑みを浮かべる兄は動じる様子もなく、クッキーが入った缶を開け「食べる?」と聞いて来た。
私は一言「食べる」と返事をして、なんとなくいつも彼が座っている席に視線を向ける。
そこに彼がいるはずもない。なのにそこに彼がいるような…


「お兄ちゃんは… なんでも知ってるの?」

「だいたいの事はね? 
彼には悪い事したと思ってるよ。俺が利用したようなものだからね…」

「…そんな…… 全部、私が… って、利用?」

「この位置からなら店の中は全て見えるんだよ。
彼が志穂を気にしてたの気が付いてたんだ。お前の方もね。だから、志穂の携帯を鞄から抜いておいた。
それを彼に届けてもらった… きっかけだけ。後はお前たちの問題だから」

「そ、だったの? そうだったんだね… もしかして、私たち、兄妹で凄い迷惑かけた?」

「掛けたな。だから、謝りに行って来てくれないか? 暇だろ?」


な、に、言ってる?


「そんな! 行けるわけないよ! だって、あんな…」

「何かあったのか?」


何かって! 何かって… あったよ。バイバイって言われたのに…
今更会えるわけない!


「でも、謝って来てもらわないと困るんだよ。
彼、ほとんど毎日来てくれてたし、コーヒーや軽食や… とにかく常連さんなんだよね。
彼が来てくれなかったら売り上げ落ちるだろ? 正直厳しいんだよね。景気悪いしさ…」

「そんな理由……」

「でも、会いたいんだろ? どんな理由でも会いたいんじゃないの?
『もしかしたら会えるかも』って、ここに来たんじゃないのか? じゃなかったらそんな格好しないだろ?」

「…お兄ちゃん……」

「綺麗だよ。志穂。それは彼のタメだろ?」

「…」


言い返す言葉が無い。
彼に会いたいのは本当の事だし、何か理由をどこかで探していた。
ここに来れば会える確率が少し上がる気がして、…気合い入れて化粧もしたし、服も選んだ。
ほんの少しでも綺麗に見られたくて、普段履かないヒールの高い靴も履いた。
いつもは地味なスーツだったから… 少しでもよく見てもらいたくて…


「彼のタメじゃない。全部私のタメだよ」


彼に少しでもよく見られたい。それは私のタメだ。


訪ねて行っても許される理由。
ちょっと弱い理由だけど誠心誠意謝れば、許してはもらえなくても、自分のこの気持ちは晴れるかもしれない。
本当に伝えたい言葉は今更伝えられなくても…


「…わかった…… 謝って来るよ」




* * *


一歩進んで、二歩下がる。とにかく彼のマンションまでは来た。
彼の部屋のある階までは来れた。でも息が苦しい程ドキドキして、数歩進んでは躊躇って、進んでは引き返して…
そんなことを繰り返して…
手には一応お土産のケーキを持って、お兄ちゃんのお店のコーヒーも持参して…
あぁ… どうしてこんなに彼の部屋って遠いのかな?


なんとかたどり着いた彼の家の玄関。またチャイムを押すのにも躊躇った。


中なら、何か物音がした気がした。
『それじゃ、また』聞き間違えない。彼の声だ。
『そうね。また来ないとね』それは、女の人の声?


カチャッ 乾いた音がしてドアが内側から開いた。
そこから、彼の部屋の中から出て来たのは、ストレートの髪、体のラインに沿ったスーツを着た綺麗な女の人。


「あら? 何か?」


その人は小さく首を傾げ、ニッコリと笑顔を添えて私に話し掛けて来た。
そうだ、この人、見た事ある…
滉平さんと歩いていた人だ… あぁ、なんだ… 深く考えた私って、やっぱり、馬鹿だ!


「え、何?」


奥から彼の声も聞こえてきた。
今ならまだ彼は私に気付いていない。
今ならまだ、ここから逃げれる。けど、そのチャンスは一瞬で終わった。
綺麗な女の人の肩の上から彼の顔が見えた。


「えっ?」


滉平さんの笑顔が固まる。そりゃそうよね?
私がこんなところにいるのはおかしいんだから…
逃げたいのに、駆け出したいのに足が動かない。足が動かないのに、涙だけは頬を伝い零れ落ちた。


「…シ、ホ?」


あぁ、ダメだ… 動けない…
謝りに来たのに、また困らせてる。


「志穂? どうして?」


声が出なくて、足はやっぱり動かなくて…
首だけ振った。精一杯、整えてきた髪が乱れて行く。


「俺…」


滉平さんが女の人を押しのけて近付いて来た。
どうしよう… どうしたらいいの? 謝って、早くここから消えないと。いなくならないと…


「志穂さん?」


響いたのは女の人の声だった。


「滉平くん、志穂さんって、もしかして…」


滉平さんが見た目にわかるほど、一瞬ビクッてなった。


「ちょっと、そうなの?」


どこか嬉しそうな女の人の声に続いたのは「違う!!」っていう滉平さんの怒鳴り声だった。


「違うから! 彼女は関係ない!」

「えぇーー 嘘でしょう〜」

「嘘じゃない! 迷惑だから、二度と言うな!」


聞いた事の無い滉平さんの声に、パンと何かが弾けた。


「ごめんなさい! 私、いろいろ迷惑かけて、謝りに来ただけで…
お邪魔するつもりは… 全然なくて…
これ!、2人で食べて下さい!!」


滉平さんの胸にグイッと買って来たもの、預かって来たものを押し付けてた。今なら走れる。走らなくちゃ!
このまま走って帰って… そうしたら、思いっきり泣ける。
思いっきり泣いて、泣いたら… 忘れる?


「ちょっと、待って! 志穂、なんで泣いてるんだ? このまま帰るな! 志穂!!」


ほんの数歩。そこで滉平さんに掴まった。
履き慣れないヒールがバランスを失わせる。
よろけた拍子に彼の手が私の手首を掴んでいた。


「ちょっと、ごめん。込み入ってるから、今日はこれで!」


それは私に言った言葉じゃない。
あの女の人に向っての言葉。
どうして! そんなことしたら!
私の言いたい言葉はいつも声にならない。


「私の方から説明した方がいいんじゃないですか?」

「自分でするから!」


誤解されちゃう!
それも言葉にならなくて、見開いたままの目の前で女の人だけを外に残してドアが閉まった。





急展開ですが、まぁ、こんなもんです。。。

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