This is love 〜*
14
カランと扉の鐘がなった。
夕食前のこんな時間にお客さんなんて珍しいんじゃないかな?
現に店内にお客さんは私と、今入って来た人だけ…
俯いた顔を少し起こすけど、何かを見るわけじゃない。何も見えるわけじゃない。
「いらっしゃ……」
お兄ちゃんの言葉が途中で途切れて…
「コーヒーもらえますか?」
そう聞こえた声は…
「滉平さん……」
顔を確かめるまでもなく彼の声だ。
コトンと音をさせて隣の席の椅子が動く。
目の端に見慣れたデニム映り、足が廻されてキシリと椅子が鳴った。
「…ここにいてくれてよかった。
遅いから迎えに行こうと思ったんだけど、どこに行っていいかわからなくて、マジ、困った」
お兄ちゃんが手だけを伸ばして滉平さんの前にコーヒーを置く。
「ちょっと奥に行ってるよ。帰る時は声かけて…」
お兄ちゃんは小さく手を挙げ、奥の扉の向こうに消えた。
「ナポリタン? 美味そう…」
1本、2本とゆっくりゆっくり食べていたスパゲティ…
もう冷めて、美味しくないよ?
「ちょっと、ちょうだい?」
彼はそう言って、私の手からフォークを取ってクルクルっと麺を巻き付け、一口でパクリと食べる。
「うん、志穂の兄さんも料理上手だな」
声は出さず、ただ首を縦に振る。
「お母さん、いないって言ってたか… 小さい頃から?」
また頷く。
「じゃ、2人で交互に飯作ったりしてたとか?」
また…
「仲良いな?」
顔を見なくてもわかる。今、滉平さんすごく優しい顔で笑ってくれてる。
「……今日の昼、どうしてた?」
頷くだけでは答えにならない。だから一言だけ答えた。
「人と会ってた」
カチャッと音がしてフォークがお皿に戻された。
「そうか、なんかあったのかと思って、心配した…
志穂の兄さんが。『忙しいんだろう?』って言ってくれないと、その時も探しに行ったかも…」
そういえば、最近滉平さんは、『マスター』とは呼ばないな?
志穂の兄さんって… とても近い存在のように扱ってくれる。
「…ごめんなさい……」
何か、どうしてもその言葉を言わないといけない気がした。
「…ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい…」
何度言っても足りない。何度言っても、全然足りない。
いつか涙が溢れてきて、零れてきて…
滉平さんは何も言わずに腕を廻し、ソッと私の頭を抱きしめてくれた。
* * *
探す場所がわからない。
『志穂を迎えに行こう』
なんて決心して家を出たくせに、彼女の行きそうなところなんて何一つ思いつかなかった。
会社の方に一瞬足を向けたけど、違うような気がして…
彼女の兄さんの店に行った。
結果として、それは正解だったけど…
ここから先、俺はどうしたらいいんだ?
明らかにいつもと違う彼女、悲しい目をしてため息を吐く彼女の兄。そして…
「…ごめんなさい……」
志穂の口から零れた言葉。
どういう意味の? どういう意図の?
ただ、昼に会う約束のことを言ってるにしては、必要ない程に重い。
言葉を重ねる度に嗚咽が混じる。
泣いてる? 泣く程に…
けど俺は背を丸め、肩を震わせているところも『可愛い』って思ってしまった。
出来れば、彼女が抱えているもの全て俺に預けてくれたらいいのに…
どれぐらい時間が過ぎたかはわからない。
気が付けば彼女の涙は止まっていて、俺はしっかりと彼女を抱きしめていた。
「そろそろ、帰ろうか?」
窓の外は暗い。
「送って行くよ」
今日はもう、俺の家による時間はないだろう。このままゆっくり歩いて彼女の家まで行けばいい。
「家には帰りたくない」
思ってもいない彼女の言葉。
イヤ、何かあったんだから、そういう返事が来ても可笑しくないか… だったら…
「…じゃ、2人でどこか行く? 2人でどこか遠くに、行こうか?」
「滉平さんと? 2人で… どこか遠くに…?」
「そう、誰も俺たちを知らない所…」
なんの不安もなく、2人でずっと一緒にいたい。
朝も昼も夜も… 全ての時間、彼女と一緒に過ごしてみたい。
まだ見た事の無い彼女を見てみたい。
不確かな、会えるかどうかわからない『明日』を待つのが怖い。
「プッ、やだな… なんか似合わないや… 滉平さんのお部屋に行きたいな…」
思ったより明るい声が聞こえた。
笑ってるよな? さっきまで泣いてたよな?
顔を上げた志穂が赤い目で笑ってる。
「…わかった、行こう…」
更新遅くなった(> <)
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