This is love 〜*

18


「滉平さ、ん…」


気が付いた時、私は彼の腕の中にいた。
そこは、温かい。私の大事な場所。
雨が彼の上に降る。


「やっと、会えた… 志穂… なんだよ。電話ぐらい出ろよ」


目の端に佐々木さんが映っていた。傘の下から目を見開いて私を見てる。
ダメだ。こんなの… 私は決めたんだ!


両手に力を入れグッと彼の体を押しのけていた。


「あ、あ、あの! あの! 私!!」


上手く言葉にならない。
じわりと視界が霞む。でも、今は泣いてる場合じゃない。場合じゃないけど…


「ちょっと、君、何? 志穂さん!」


遠くで佐々木さんの声がする。
今、私に触れてる手は、たぶん、佐々木さんのもの…
私を支えている手は佐々木さんのもの…
だって滉平さんの手は目の前にあるから… だらりと下に垂らされて、雨に濡れるままになってる。
滉平さん。雨降ってるのに、傘差さないと濡れてしまうよ?
そう言って彼に傘を差しかけたいのに、私の傘は手の中にない。
目の前に滉平さんがいるのに近付く事も出来ない。どうして?




* * *


とにかく、雨に濡れるからと近くの店に入った。
俺を押しのけた志穂はその場に崩れかけた。
それを支えたのは以前に志穂といるところを見かけた男だった。
そいつは今も彼女の横にいる
もうそこには俺の場所はない。わかり切った事だったのに、やっと会えた彼女の傍から離れたくなかった。


クラシックが流れ、落ち着いた調度品で統一された店内は、白い光で満ちていた。

目の前にいる男は志穂を労るようにタオルを手渡していた。


「志穂は、コーヒーでいい?」


注文を取りに来たウエイターに「ちょっと待って」と伝え、まずは彼女に聞く。
けど、俺の質問に答えたのは彼女ではなかった。


「志穂さんは紅茶だよね?」

「あ、あの… 私は…」

「志穂は?」


俺の方をみない彼女に、ズキッと胸が痛む。


「…紅茶を……」

「志穂さんはコーヒー苦手なんだよ。普段、飲まない」


それははじめて聞いた話だった。
俺はコーヒーを飲む彼女しか見た事がない。


「けど、志穂…」


美味しそうに飲んでたよな? 俺の家でも、確かに…


「お兄ちゃんのは… 飲める。滉平さんが用意してくれたのもお兄ちゃんのだったから…」

「そう、だったの… そうか…」

「で、あなたの話は?」

「うん、そうだな… …まいったな……」

「夜から、彼女のお父さんも交えて食事をする予定なんだ。早くしてくれないかな?」

「…ですね。わかりました。
志穂にまだ言ってなかった事を幾つか、だけ…」


酷い疎外感。もう何を言ったってどうすることも出来ないのは明らかだった。


「滉平さん?」


彼女が俺の言動に動揺してる。相手の男にチラチラと向ける視線が痛々しい。


「今度の新作のテーマ、決まった。今までのとは少し雰囲気は違ってる。
前に買わなくていいよって言ったから… 出来上がって来たら、兄さんの所に預けさせてもらうよ。
いらなかったら、捨ててもらっていい… 今回だけは、志穂に読んで欲しいから…
それから… それから…… なんか、もういいかな? 言わなくてもいいような気がして来た」


彼女の紅茶と2つのコーヒーが運ばれて来た。
気まずい沈黙。もういいか… 志穂にはちゃんと支えてくれる人がいるんだ。
俺がいなくても、彼女は何も困らない。悲し思いも、寂しい思いもしない。
俺はもうしばらくは立ち直れないかな?


「ごちそうさま。コレ、俺の分」


もうこれで最後。
彼女からもらった別れから随分時間が経ってしまったけど、俺からもお別れをしよう。


「それじゃ… 志穂、バイバイ」


バイバイ。そう言った途端に、ズキンと胸に何かが刺さった。
違うって、今このまま別れればまだずっと後悔するって…
ズキズキと痛みは増していって俺はその痛みを消す方法を知っていた。
彼女には迷惑になるかも知れないけど、彼女の中で俺との事が何も意味のないものなら、
大事にはならないだろう…


「…やっぱり、最後だから言うよ。俺は本気だった。
本気で、志穂が好きだ。だから、お礼を言うのは俺の方…
志穂、少しの間だったけど、ありがとう… それから… 幸せに……」


スッと痛みは消えて、俺は彼女に笑顔を向けていた。
これで本当に終わったんだ。
席に着いたままの2人に背を向け歩き出した。




* * *


「い、今… 滉平さん…… なんて言ったの?」


自分の耳が信じられない。
確か本気とか好きとかそんな事言われたような、でもそんなはずない。
最初の時だって私からお願いしたし、…いつも聞かれて頷いてからだったし…
彼の方から強く望まれた事なんて… あったの?
好きだったら、滉平さんの方からも望んでくれたはずだし…
でも週末の予定聞かれた事あった。いつも『明日もおいで』って言ってくれた。
それは社交辞令じゃなくて、滉平さんが私の事想ってくれてたって事?
少しでも会いたいって思ってくれてたって事?


「志穂さんの事を本気で好きだったって…」

「そんなわけ…」


そうだよ。そんなわけないよね?
好きだったのは私の方で、彼にそんな感情があったなんて知らない。
だって…


「あるんじゃないかな?
俺も大人げなく対抗しちまったけど…
あそこまで気丈に振る舞われると… なんかね……」

「だって、滉平さんとは… 私がお願いしたから… 私が一方的に…」

「志穂さんがお願いした?」


体の震えが止まらない。
コクンと頷くと、ハァってため息が聞こえてきた。
でも、でも… もし滉平さんが私の事想ってくれてたとしても…


「志穂さんは、そう思い込もうとしていただけじゃないかな?
俺、結婚するなら、絶対の条件があるんだよね。
とにかく別の人に心が揺らいでる人は無理。いくら社長の娘でも… そこらへん、どう?」


目の前が滲んでいた。
どうしたらいいんだろう? どうしたら…


「あいつ、幸せにって言ったよね?
志穂さんはどうしたら幸せになれるのかな?」





滉平一人逃げの話でした。
皆ボロボロなのにね?
志穂はもうしばらく、立ち直れはしないですね。

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