This is love 〜*

17


結局、何度電話を掛けても志穂の声は聞けなかった。
お陰で、夜もほとんど眠れない。
チラツクのは以前に見た男の顔だった。
何か関係があるんだろうか? あるんだろうな? それは間違いない。
けどそれを俺がどう確かめられるのか?
もし会う事が彼女の負担になるようなら、俺はどうしたらいいんだ?




* * *


朝から雨が降っていた。


「今日は… 土曜か…」


志穂は… いつも、考える。
けど、今日は仕事も休みだ。あの男と会ってる可能性もある。
何度掛けても繋がらない電話に掛ける事も諦めた。
平日の昼間には彼女の兄の店の近くまで出歩いたが、一度も会わなかった。
それ以上の事をするのは躊躇われた。
『所詮』そんな言葉が纏わり付く。
ただ彼女との最後の夜がいつまでも心と体を支配した。


「はぁ、昼飯…、ってもう3時か… ランチ終わってんな…」


今日は一体何日だ? あれから何日経った?
不規則になる生活にため息しか出ない。


「って、けど、もう、なんも無いしな… 買いに行かないと…」


なんとなく買っていたインスタント食品も、冷凍食品もない。
志穂が来ていた時は、ある程度冷蔵庫にものがあって、ちょっとつまめるようなものが用意してあって…
スパゲティ、約束したのにな…


「って、また志穂か…」


ため息と一緒に出た浅い笑いを浮かべたまま下駄箱の中から傘を出し、とにかく、まず飯を食う。
その目的で家を出た。
別れてみてわかる。別れる前からも知っていたけど… 好きだったんだ。
伝えられなかった。その事にだけ後悔があった。




* * *


「生憎の天気ですね」


鬱陶しい天気とは真逆の笑顔を浮かべて、手を差し伸べてくれる人がいた。


「…そうですね」


曖昧な笑顔を浮かべ、その手を取る事無く傘の下に隠れた。
淡いピンク色の小花を散らした傘の上で雨の雫が弾けて、軽快な音をさせている。
雨は嫌だけど、この音だけは嫌いにはなれない。
どこかでそんな言葉を見た気がした。


「そう言えば、志穂さんから借りた本に雨の中の話のものがありましたね?
傘に当たる雨の音が好きとかそんな…
でも、俺、やっぱり営業とかしてると、雨だけは好きになれないな」


あぁ、そうだ… それ、滉平さんの本だ。
私はそれを読んでから、雨も悪くないなって…
いつもは気にしなかった雨の音に耳を傾けるようになって…
そうしたら、パラパラパラって、歌ってるみたいな音が聞こえてきて… 雨で憂鬱だったのに楽しくなった。
雨の中を滉平さんと歩く機会はなかったけれど、もしそんな機会があればきっともっと雨を好きになったんだろうな…


「志穂さんは雨、お好きですか?」

「…私も、あまり好きでは…」


口角を上げ、佐々木さんの意見に賛同した。
これからさき、私が歩みを合わせて行くのは滉平さんではなく、今一緒に雨の中を歩いている彼なんだ。
だから、滉平さんのことは心の奥の方に追いやって、鍵を掛けて、振れないように…


「…えっと、今日は6時の予約でしたよね? お兄さんも?」

「兄は、店があるので…」

「それは残念。忙しいんですね?
今度、店の方にお邪魔してもいいかな? 一度挨拶したいですし…」

「…た、ぶん……」


お兄ちゃんにはいつか話さなくちゃダメなのに、まだ話せないままいた。
滉平さんに最後に会った日、店から出て行く私たちを優しい瞳で見送ってくれた。
たぶんそれは…
だから、佐々木さんをお兄ちゃんに会わせるということは、きっとお兄ちゃんを悲しませるから…
まだ会わせられない。


「あの、それより…」


とにかく、今は話題を変えて…
今は、話題を変えて…


「時間あるし… お茶…」


どうしてなんだろう?
どうして、こんな時に、こんなところで…
その時、周りの音が消えて時間が止まった。
真っすぐに見つめた先に彼がいた。




* * *


…会えた?


ポツポツと雨粒の軽快な音が響いていた。
アスファルトに落ち跳ね上がってくる水滴は嫌なものだが、この音は嫌いじゃないよな?
小さい頃は大きな傘を差し、青い長靴を履いてクルクルと駆け回った。
成長してからはぼんやりこの音を聞くために出かけた事もあった。
何か、普段には出会えないものに出会えるような…


「…志穂……」


彼女が真っすぐに俺を見ていた。
トクンと心臓が跳ね上がる。


「志穂!」


彼女に向い出された足に躊躇いはなかった。


「…滉、平さん…」


やけにはっきり彼女の声が聞こえる。
バチャッと音をさせて傘が落ちた。
俺の手は時を止めたように立ち尽くす彼女に届き、その細い体を抱きしめていた。





更新遅くなりました!
やっとここまで……

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