This is love 〜*

10


どういうことだ?
志穂が男と歩いてる? 車道を挟んだ道の向こう側。
志穂、だよな?
いつもの感じではなく、もっと華やかな…
普段は後ろで結わえられている髪はゆるくカーブを描き、少し広めに開いた襟から鎖骨が見える。
フワリと広がったスカートの裾からは膝まで見えて…
なんだあれ? なんだあの格好… 傍に行けばいい匂いでもしてきそうなそんな……
そこにいるのは彼女の顔をしてるけど、今まで見た事のない彼女だった。


腹が減っていた。
昨夜は志穂とファミレスに行って、彼女の質問に答えながら夕飯を取った。
彼女を家まで送って、っというか、家の近くまで送って… 家の前まで送る事は拒まれてしまったから…
そのまま真っすぐ自分の家に帰って、彼女の温もりの残るベッドで眠った。
『気になる』止まりの女の子が、今は大事な人になっていた。
離れて座っていた席からは見えなかった、コロコロ変わる表情や、先の読めない行動。
変に律儀なところとか、ずっと近くで見ていたい。隣で見ていたい。
そうだ。俺にとって大事な人。


その人が違う男と歩いていた。それも、いつもより粧しこんで…
腕を組むとか、手を繋ぐとかはしてない。微妙に人一人分の間はあるけど… あれは一緒に歩いてるよな?
志穂は『予定がある』と言った。週末は予定があると… その予定がこれか?


なんだ? どういうことなんだ?
わけがわからず、飯を食べるために家を出たのにろくに食べる事が出来なかった。
考えてもわからない。
確かなのは、今見た事実だけ。




* * *


なんだ?
今何か聞こえた…


ピンポーーン 〜 ♪


玄関のチャイム? 誰だろう? 今日は、今日来る予定の人間は…
枕元のデジタル時計を見る。時間、日付、曜日… うん? Mon 17:××…
一気に目が覚めた。
なんだ? この時間…
確かに土曜の午後から時間なんて忘れていた。
今までの資料の整理をしたり、次の構想の資料を集めたり…
余計な事を考えるより、何かをしていたかったから…


ピンポーーン 〜 ♪


またチャイムが鳴った。
条件反射のように玄関に向う。








「…鍵、渡してたのに……」


玄関の戸を勢いよく開けると、やっぱり彼女がいた。
驚いたように大きく目を見開いて… うん、ちょっと勢い良すぎたかもしれない。
いつも通りの志穂だった。
イヤ、違うか… 今日は少し… いつもより…


「でも、やっぱり勝手には入れないから…」


そうか…
やっぱり、こんなことにも慣れてない…
二股なんて、志穂には似合わない。


「いいんだよ。志穂は入ってきても、見られて困る事はないから…」


なんだろ? なんか、ホッとしたような笑顔。
今彼女の顔に浮かんでるのは、そんな笑顔だった。


「あの、滉平さん、お腹空いてません?
ご飯、作ってきたんです。
っていうか、作ったのは昨夜なんですけど、ちゃんと冷蔵庫入れてたし、大丈夫だと思うんです…
食べてもらえたらって…」


玄関に立ったまま、志穂は手に持った大きな袋を差し出した。
腹、減ってる…
それはずっと志穂のこと考えてて、まともに食べてなかったし…


「…とにかく、入って…」


彼女の荷物を受け取り、部屋に招き入れた。
少し緊張したような赤い顔。でもそれはフワンとしていて… 幸せそうで…
ただ緊張してガチガチになっていた、土曜の彼女じゃない。
それは信じられた。




* * *


とにかく週末はくたくたになった。
笑顔は絶やさず! を合い言葉のように頭の中で繰り返し、一応、やり通せたと思う…
やり通せたよね?
後は寝て起きて、会社に行って…
とにかく、滉平さんに会えるってことだけ考えた。
こんなことしてたらいけないのわかってるけど、会いたいって思う気持ちは止められない…
それに佐々木さんから正式に申し込まれたわけじゃないし…
お父さんの手前話合わせて会っただけって考えられる。
だって上司と部下だし… お父さんが佐々木さんを気に入ってても、佐々木さんが私を…
ってそんなのわからないし…
『あんなつまらない子勘弁して下さい』ってことになるんじゃないかな?
きっとそうだよね? お父さんには悪いけど…
そうなったら、もうしばらくは滉平さんと一緒にいれるかな?
滉平さんが私に飽きるまでなら、一緒にいてくれるかな?


ピンポーーン 〜 ♪


と、滉平さんの住む家のチャイムを押す。
大きな鞄の中には昨日の夜に作ったカレーを持って…
反応がない? 留守なのかな?
ポーチの中にはこの部屋の鍵がある。でも、それを使うのは…
だからもう一度、チャイムに指を伸ばし、これででなければ、今日は帰ろう… そう思った。


ピンポーーン 〜 ♪


バタン! っと大きな音がして、バタバタと勢いのいい足音が響いた。
滉平さん?
そう思うと同時に開いたドアの向こうに彼がいた。


彼の顔を見るなり全身に広がるホワンとしたものってなんだろう?


「…鍵、渡してたのに……」


1つ小さくため息を吐きながら、『仕方ないな』っていうふうな雰囲気の彼。
その表情に何故かホッと出来る…
手に持ったカレーを手渡すと、キッチンに案内してくれた。


「凄い、道具はいっぱいあるのね?」

「…う、ん… なんでも外から入るタイプだからね?
全部用意は先にする」

「で、使わないんだ…」


箱に入ったままの鍋や、値札の付いたままのお皿が並んでいた。自然に笑っちゃう。


「あ〜、使うつもりはあったんだけど…
イザ、料理ってなると… 食いにいった方が早いなってね」


照れたように頭をポリポリと掻く彼。
そういえばそんなこと『あとがき』かどこかに書いてあった。
なんとなくしか読んでなかったところだけど、家に帰って読み直してみようかな?


「だから、好きなの使ってよ。全部、志穂のだ」


ふと向けられた笑顔に胸の奥がキュンってなった。滉平さんはなんだか温かい…




2人で食べたカレーはいつもと同じはずなのに、いつもより少し美味しい…





おきまりですが……

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