This is love 〜*
9
はぁ〜 驚いた。
チャプンと水の音をさせ、体の位置を変える。
部屋の本棚に並ぶ本の中で一番のお気に入りのシリーズ。
それを書いた人があんなに近くにいたなんて…
思えばお兄ちゃんのお店で見ていた時も、難しそうな資料を抱え、分厚い本に視線を落とし、パソコンに指を走らせていた。
あぁやって私の部屋にある本が出来ていたのか…
格好いいだけじゃない… 頭もいいんだろうな…
はぁ〜 凄い人、だったんだ…
私、そんなに凄い人と…
バシャッと大きな水音をさせ、体を両手で持ち上げる。
タオルを取ろうと伸ばした手の先に大きな鏡があった。
体中に咲いた赤い痕。
それは彼が私の全てにキスをした証だった。
「嘘、こんなとこまで……」
こんなところ… 腿の内側の…
突然蘇ったあの感覚。優しくて熱くて… 狂おしい…
どうしようもなく恥ずかしかった。けどそれとは違う感覚があった。
まだ体の至る所に彼を受け入れた感触が残っていた。
欠けていた大事なものが見つかったようで、やっと1人の人間になれたようで、全てが愛おしい。
痛みの強かった昨日は感じる余裕なんてなかったのに、今日は確かに1つになったんだと感じた。
「ダメだ… このままじゃ私…」
他の人となんて考えられなくなる。
どんどん好きになちゃうよ…
どうしてあの人はあんなに優しいんだろう?
どうしてあの人はあんなふうに笑うんだろう?
もっと知りたい。傍にいたい。会いたい…
会いたい…
* * *
「まさか志穂さんとこういうふうに会う事になるとは…」
そう言ったのは、会社でも顔見知りの佐々木大輔。
滉平さんとは全く違う人。
短い髪は黒色で、真面目そうな黒斑の眼鏡をかけている。
洒落たカフェの一角で、彼と2人で会った。
見合いと言っても顔も知っている間柄。社内で何度か話した事もある。
だから普通に待ち合わせをして2人で会う事にした。
「会社とはやっぱり雰囲気違いますね」
和やかに話し掛けてくれるところとか、いろいろ好感持てるとこはある。
普通に凄くいい人なんだって知ってるんだけど…
今日会う目的とか考えると素直に『いい人』だと言えない自分がいた。
「志穂さんは、コーヒー党かと思ってました」
カフェで注文した物が運ばれてきた。
私の前に出されたのは…
「本当はコーヒー少し苦手で…」
お兄ちゃんのお店のコーヒー以外はあまり飲まない。
だからそれを知らないだろう滉平さんがお兄ちゃんのコーヒーを出してくれたのは本当に嬉しかった。
…全部飲む事は出来なかったけど……
そうよね… あの時コーヒーを淹れてくれたのは滉平さんだったのに…
せっかくの滉平さんのコーヒーだったのに…
「イヤ、てっきりコーヒーお好きなのかと…
お昼休みにはお兄さんの喫茶店でコーヒーを頂いているって伺っていたので…
知らずにコーヒーを2つ注文してしまうところでした」
「兄の店のは好みに合わせてくれてるので、飲めるんです」
心の中には滉平さんがいて、彼の事ばかり考えているのに、今目の前にいるのは他の人で…
ヘンな気分だな? これからずっとこんな事が続くのかもしれない…
一度だけだったはずなのに、すでに月曜日会える事を期待してる。
「本当に、会社とは全然イメージ違いますよね?
会社ではどっちかというと地味な方だと… あ、すみません。えっと、悪い意味じゃなくて…
…けど今日は… 俺のためとかって、勝手に期待していいですか?」
「え、えっと…」
それってどういう意味なんだろう?
普段の私は確かに長い髪を1つに結わえ、紺やグレーなんて地味目の色のスーツを着ている。
ただでさえ親の事で目立つのにそんなところで目立ちたくないし…
今日は… 流石にいつも通りじゃ… と思って、明るい色の服を着た。
髪も下ろして… 誰のためとかそんなの考えていたわけじゃなくて…
そうか、そういうふうにとられることもあるんだ…
どう返していいかわからず曖昧な笑顔で誤摩化した。
「今日は本当に綺麗ですよ?」
うわっ、そんなことお世辞にも…
ボッと顔から火が出そうなぐらい真っ赤になったのが自分でもわかった。
言われた事ある! 昨日、滉平さんに… それも何も着てない、裸の状態で…
恥ずかしくって、恥ずかしくって… けど『綺麗だった』って言ってもらて…
滉平さんに…… 言ってもらって… 凄く嬉しかった。
お世辞でも、嬉しかったな。
* * *
つ、疲れた…
たぶん普通にデートしただけのはずなんだけど… 疲れた…
何をしてても、どんな会話の合間にも滉平さんの顔が浮かんで…
映画の時間待ちの間に立ち寄った本屋で彼の本を見つけて、持ってる本だったのにそれだけで舞い上がってしまって…
『会いたい』って思いがつのった。
明日過ぎれば、会えるんだ…
明日もう一日、佐々木さんに会うんだ…
明日も…
ドライブしましょうって言われた…
お父さん、そのつもりだったんだね?
佐々木さんと私を出来るだけ会わせるつもりで…
送ってくれた佐々木さんを玄関で迎えた父の顔はホッとしたような、なんとも言えない優しい顔をしていた。
あんな顔をしたお父さん見た事無い。だから、本気なんだって改めてわかった。
わかちゃったけど…
私の頭にはいつも滉平さんがいて、彼は今日何してたんだろう?…
今この時間、どんなこと考えてるんだろう?…
昨日誘ってもらったのに、応える事が出来なかった。
もし今日、彼と過ごしていたら、どんな一日だっただろう?
そんなことばかり考えて… そんなことばかりで…
大事なものが欠けたまま、ベッドの中で膝を抱えて眠った。
どんどん泥沼って状態になってます
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