This is love 〜*

8


とにかく彼女を車に乗せた。
志穂の態度はよそよそしくて、どう考えても『恋人同士』とは言えない。
ならどうして俺とあんなことをするんだろう?
あんなふうに俺を受け入れるんだ?
遊びとも考えられない。はっきり言って慣れてないから…
第一昨日まで処女で、結果的に俺が彼女の処女を奪った。
途中からもしかしてとは思ったけど、シーツに残ったシミでそれは間違いない。
どうすれば彼女の本心を知る事が出来るのか?
自分の気持ちを伝えれば、それに彼女が応えてくれる可能性はある。
けど、もしかしたらそれでこの関係も終わる事があるかもしれない。
まだ伝えるには早い。
もう少し様子を見て、もし彼女にその気がないなら、気を惹く事だって出来る。
惚れさせることも出来るかもしれない。


「…あの、滉平さんってお仕事何されてるんですか?」


車に乗ったまま沈黙が続いていた。
俺は考え事をしていたからそれでよかったけど、彼女にはその沈黙は苦痛だったらしく、
そう質問した途端に、「あ、いいんです。ヘンな質問しちゃってごめんなさい」と軽くパニックを起こす。


「別に、秘密じゃないよ…

そうか、ずっと家にいるなんて言うと『普通』じゃないか…
『物書き』してるんだ。この間締め切り終わったばっかりだから、今ちょっと時間に余裕があって…
これでも締め切り前は修羅場でボロボロ。息抜きに志穂の兄さんの店でコーヒー飲むのが唯一の楽しみ」


「物書きって… 小説とかそんなの?」

「うん。なんか『小説家』とかいうと大層で… 俺なんてまだまだだから…」

「…凄い! 滉平さん!
どんなの書くんですか? 題名とか教えて下さい! 私、絶対買う!!」

「え、イヤ、別に買わなくても… 今度来た時に持って帰ったらいいよ…
一応、全巻は揃ってるし… 好きなの持って帰ったら…」

「でも、それだと週明けまで待たないとダメじゃないですか?
買います! 私、絶対買います!」

「…うん… けど、ほんと… 無理しなくていいよ…」

「じゃ、名前! 滉平さん、なんて名前で書いてるんですか? それだけ教えて下さい!」


もの凄い勢い。
さっきまでの大人しかった彼女からは想像出来なくて、チラリと彼女の方を見ると、キラキラ光る瞳が目に入った。


「鏑木滉平… そのまま本名…」


無性に彼女が可愛くて、彼女が知っているとは思えない名をそのまま呟いた。


「かぶらぎ こうへい? 鏑木滉平って… 鏑木滉平?」


3度も呼ばれた。なんだこの間と、奇妙な緊張感は…
丁度信号で止まって彼女の方に視線を向ける。


「鏑木滉平…」


またその名を呼ばれた…


「どうかした?」


どこかで何かしたかもしれない。こんなに彼女がこの名に引かれるなんて…


「…私、全巻持ってます!
鏑木滉平、好きで、全部持ってます!! 嘘、滉平さん、鏑木滉平? だって…」


ガシッと腕を鷲掴みにされて、キラキラ光る瞳のままグイッと近付かれた。
『好き』って言葉がズクンと胸に刺さった。
これはちょっと嬉しいかもしれない…
彼女の言葉に力を得て、今なら言えるんじゃないか?


「お、俺も…」


好きと言おうとした時、パッパァ〜っと後ろからクラクションが鳴らされた。




* * *


夕食の時間を過ぎたファミレスは、空席が目立っていた。


「はぁ〜 まだドキドキしてる」

「そんなに?」

「はい! そんなにです!」


頬を染めた志穂がいた。
俺のファンで出た本は全巻持つという彼女。
さっきまでの気まずい雰囲気はなく、何故か初々しい彼女がモジモジとサインをせがむ。
覚えてるのかな? この子は…
俺たちがほんの数十分前まで繋がって1つになっていたんだってこと…
俺が彼女の全部をこの目で見たんだってこと…
彼女の味を知ってるただ一人の男だってこと…
それから口には出来なかったけど、俺がむちゃくちゃ惚れてるってこと…
だから少しだけ意地悪になった。


「『する』ときとどっちがドキドキしてる?」

「え? っあ、あ」


初々しく染まっていた顔が、今は耳まで真っ赤になった。


「あ、あの…」


その様子に噴出しそうになるのを必死で堪える。
そんなに真面目に考えなくていいのに、きょろきょろと辺りを見回し、
顔を背けたまま、もう一度「あの…」と呟いた彼女は、小さな声で言った。


「あの、その時とは違うドキドキで…
その時は、あの… 切ないような感じの… ドキドキで…」


顔を上げた志穂の目が潤んでいた。
薄く開いた唇がキスをせがんでいるようで… 彼女の方に傾く体を必死で押しとどめた。


「滉平さんは、そんなことないかもしれないけど… 私は…」


志穂はそこまで言って口を閉じた。
その先の言葉はさっき俺が言いかけた言葉と同じかもしれない。
でも今はもう少し待つ事にしよう。
お互いが自然とその言葉を口にすることが出来るまで、もうしばらく……





滉平さんはヤキモチやきだと思われます!

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