This is love 〜*

2

携帯の音が鳴って、表示を見るなり彼女は慌てふためいたように帰って行く。
目の前に出してあったサンドイッチをすごいスピードで口に放り込み。
他の人のものと違うカップからコーヒーを一気に飲んで彼女は帰って行く。


マスターの『彼女』と思った事もあった。
けど、時々聞こえてくる会話から2人が兄弟らしいということはわかる。


背中の半ばまで伸びた黒髪を1つに結わえ、小柄な体を地味なスーツに包んでいる。
面白みのない女。そんな印象も受けるけど、でも兄と話す彼女の表情はコロコロ変わる。
たまに見せる自然な感じの笑顔はなかなかキュートで、少しの時間なら見ててもいい。
イヤ、見ていたいって思えるものだった。
うん、いい笑顔をする。
でも今日は一度もその笑顔を見ていない。
今日はどこか沈んだような表情、ため息の数が多い。
周りを気にするように声のボリュームを下げ、何も聞く事は出来なかった。


カランと扉の鐘を鳴らし彼女が出て行った。
いつもの日課だ。
何故か彼女がこの場からいなくなれば、自分がいる必要性もなくなったようで、
いつも彼女のすぐ後に席を立ち、同じように『カラン』と音をさせあの扉から出て行く。
今日もやっぱり同じ事を繰り返す。
ここで彼女と同じ方向に行くと間違いなくストーカーとして警察に訴えられそうだけど、幸か不幸か俺の家は彼女の向う先にはない。
彼女の出た後に席を立ち、マスターのいるカウンターに向った。
払う料金はいつも同じだから、レジに行くよりもマスターに直接必要な分だけ支払う。
チャリンと音をさせ、小銭をカウンターに置いた。


「ありがとう」


一言告げると、マスターが困った顔で顔を上げた。


「…あ…… あの、お客様…」


マスターの手にはピンク色の携帯がある。
チリンと控えめなマスコットに付いた小さな鈴がなった。


「申し訳ないのですが…
今ここにいたお客様が忘れて行かれたのですが、ご覧の通りこの店には私だけなので届けに行く事が出来ないんです。
もしお時間がございましたら、届けていただけませんか?
彼女、この先の高井商事に勤めているのですが… 今からならそこまでの途中で会えると思います。
もし万が一会えなくても高井商事はここからなら10分もあれば…」


マスターの言葉をそれ以上聞く必要はなかった。
携帯を忘れたなら困っているだろうし、幸運な事に自分には時間がある。
ならばする事は1つ。何も迷う事はない。


「いいですよ」


マスターに一言告げ、携帯を受け取っていた。


別に大した事じゃない。
俺が彼女の顔を知ってるように彼女も俺の顔を知っていると思う。
何度か目が合った事があるんだから…
それよりも彼女が今日はどこかいつもと違っていた。
それが気になった。
その人の名前だけ聞き、彼女を追いかけ外に出た。
どんよりとくすんだ雲が空を覆う。
彼女の足跡を追うように迷わずに一歩踏み出した。




* * *


どうしてこんなことになったんだ?
全てをすっ飛ばし、彼女は俺の下で苦悩の表情を浮かべる。
善意だったはずだ。
店を出たとき、彼女の忘れた携帯を届ける為だけに後を追った。
下心なんて… 少しはあったかもしれないけど、けどそれは連絡先聞くとか… 何か約束をするとか…
次に繋げるための一歩… 急にここまでのことを彼女に自分が強要するなんて考えてもいなかった。


「あ! や!」

「『や』じゃないだろ? 自分から言い出したんだから」


そうだ。言い出したのは彼女。
けど、そんなの止めようと思えば止まったはず…
今だって強く彼女の両腕を押さえているのは俺の手だ。
こんなこと、するべきじゃない!


「あ、あ、…や! うンンッ」


彼女の声を唇で塞ぎ、手は彼女の体の上をつたう。


ホントに、どうしてこんなことに?



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