This is love 〜*

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「っや!…」


どうしてこんなことになったんだろう?

よくわからないけど、とにかく今私は、というか、私たちは…





* * *


「…いらっしゃい……」


会社の昼休み。軽く昼食をとる為に向ったのはいつもの喫茶店。
今の私の唯一の憩いの場。


「今日は何か食べる?」


そう柔らかい物言いで優しく聞いてくれるのは…


「あー お兄ちゃんだな〜」


実の兄であるこの喫茶店のマスター。


「…会社にも社員食堂あるだろ?
いつもここに来て、父さんは何も言わないのか?」


「言わないよ。今は安心してるみたい。いつも私、大人しく言うこと聞くし…
これぐらいは、いいんじゃないの?」


へへへっとごまかし笑い。
そう、コレぐらい大目に見てもらうよ。だって…


「なんかあった?」


けど、お兄ちゃんは鋭くて、いつもズバッと確信を突くんだ。


「う〜ん。大した事じゃないんだけどね…」


そこまで言って、一旦、口を噤んだ。
お兄ちゃんには話辛い。それに…
チラリと店内を見ると、窓辺のテーブルに1組の年配のカップル。1つ空いてサラリーマン風の4人組のおじさん。
カウンターには私一人に、…壁際の一番奥、いつもの席にあの人がいた。
やっぱり、話し難いな… ここで話しちゃうと聞こえちゃうかもしれない…
兄の店でよく会うお客さん。長めの髪は明るい色をしていて、長身で… 所謂、イケメン…
何度か、店の外でも見た事があるけど… 女の人と一緒だった…
全くの他人で、意識するのもおかしな話だけど、聞かれたくないのが正直な気持ち…
でもお兄ちゃんに相談したいのも、正直な気持ち。だから…


「…あのね、お父さんが見合い話持ってきた……」




出来るだけ声を小さくして、目の前の兄にだけ聞こえるように呟いた。
別にいいんだけどね。彼氏いるわけじゃないし、遅かれ早かれそうなるだろうってことはわかってたし…
お兄ちゃんが家を出て行った日から、きっと、そうなるんだってことはわかってたから…


5年前。私が高校に通っている頃、兄は家を出た。
厳格な父は何かとうるさくて、兄や私の生活に口を出して、兄とはよく衝突してた。
夢のあった兄が折檻されるとこを何度も見ていた。


「いつかは来ると思ってたんだけどね…」


「お前も、もう家出た方がいい」


「ううん。だからね。別にいいの。うちの社員さん。営業やってる人で、仕事も出来るの。いい人だし…」


コトンと、目の前にサンドイッチが置かれた。
それにお気に入りのカップに香りのいいコーヒー…


「…ありがとう。ほんとにね。ちょっと話したかっただけだから、気にしないでね?」


私は父の敷いたレールの上を歩こうって決めたから…
だから今までも全て父の言う通りやってきた。これからもそれは変わらないってだけ…
お兄ちゃんには内緒。あの日、お兄ちゃんが出て行った日、お父さん泣いたんだよ?
お父さんが本当に傍に置いて置きたかったのはお兄ちゃんで、今まで積み重ねてきたものを全て譲りたかったのはお兄ちゃんで…
私はどうでも良かったんだ。
でも今は私しかいないから、大学を卒業した私を自分の会社に入れた。
自分の会社の中の有能な人間を私の夫として会社を継がせようと思ってる。
別にコレといってしたいこともない。出来ることもない。そんな私にはそれでいいんだから…


「本当にそれでいいのか? 俺に出来る事だったら…」


兄の言葉に首を振った。
出来る事なんて何もないし…


「少しでも嫌だったら…」


別に嫌じゃないし…


「今度、連れてきてあげるよ。あのお父さんが選んだわりには、顔も悪くはないんだよ?」




♪♪♪♪♪〜


「あれ? メールだ… って思ったらお父さん……
まだ昼休みなのに、帰ってこいだって…」


パクパクと手もつけてなかったサンドイッチを口に放り込み。
お気に入りのコーヒーを味わう事もなく喉に流し込んだ。


「まいるよね? 何かあったのかな?」


「…志穂」


眉を寄せ表情を硬くした兄に、「また明日来るね」と告げ、チャリンと音をさせ料金をカウンターに置いた。
雷が落ちる前に帰らないと…
片手をひらひらと振り「じゃね」と言った。


別に嫌じゃないけど… 一度ぐらい恋とかしたかったな〜 なんて思うだけ…
好きな人との思い出みたいなのがあればよかったな〜 なんて思うだけ…
そんなもの私には何もない。
男の人とちゃんとおつき合いした事も…
誰かを真剣に好きだって思った事も…
いつも『気になる人』止まり、昔も今も、『気になる人』で終わってしまう。


お引っ越しのはじめはこれかな?って^^;)

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